our story
/01 手捏ね hand-forming
楽茶盌は、ロクロ成形、また縄文土器などに見られる、底部からひも状の土を積み上げていく紐づくりは用いず、「手捏ね」でかたちづくられます。
手捏ねとは、円盤状に平たくたたき延ばした土を、周縁から両手で少しずつ立ちあげ、手の中で抱え込むように盌の形へと導く楽焼独特の技法です。
遠心力によって内から外へと広がるロクロ成形と異なり、外から内へと包み込む 内なる広がりを秘めた形、手と土の対話から自然に生まれる形を持っています。
/02 ヘラ削り carving
手捏ねによってうまれた茶盌の原形は、数日間室(むろ)の中で乾かし、自らつくった鋼のヘラで削り出されます。
分厚い素地を鉄ベラで、一削り一削り時間をかけ、茶盌の「姿」である外の形、懐 「見込み」である内の形、底部の「高台」を削り出し、最後に直接口に触れる口縁の「口づくり」を経て、内と外の世界が交わり、茶盌の形が生み出されます。
このように、モデリング≒手捏ねによる掌にすっとおさまる「自然」な形と、カービング≒彫刻的で「作為」の強いヘラ削りでかたちづくられる楽焼は、その技術に、日本古来の自然観、また茶の湯の思想を宿しています。
/03 赤と黒 red & black
日本のやきものは、大陸文化との交わりの中、独自の世界を醸し出してきました。
楽焼もまた、明の低下度焼成による軟質施釉陶「三彩陶」にルーツを持つと考えられています。
―緑色・黄色・褐色などに彩られたカラフルな三彩から、赤と黒の世界へ―
赤楽の赤色は、酸化した鉄分によって得られる「赤土」からの発色。
古くは聚楽第から掘り出された聚楽土と呼ばれる赤土、近代には白い胎土に京都伏見の黄土を纏わす事によって生ずる「大地の色」です。
黒楽の黒色は、京都市内を南北に流れる鴨川上流から産出される「加茂川石」から得られる発色。
この黒紫色を呈した鉱物を粉砕し、布糊を煮出した液に溶き、刷毛で何層にも塗り重ねた器体を焼成し急冷することで生ずる「自然石の色」です。
このように土や石、炎との交わりの中で育まれた赤と黒の世界は、自然からの素材やエネルギーの恵み無くして成り立ちません。
長樂家では、代々採取した加茂川石の原石を蓄え、また採掘した原土を熟成のため数十年寝かし次世代に遺すことを習わしとしています。
/04 窯 kiln
楽焼の窯は、赤楽・黒楽共に窯の中央に鞘の役目をはたす内窯を備える二重構造の特徴を持っています。
当家の赤楽窯は、松割木を燃料とした小規模な窯。
地下に据えられた焚口から、薪をくべるこの窯は、約900℃の低い温度で焼かれます。
土は、炎によって個性が引き出され、赤、褐色、黒や灰色など一盌の中に様々な景色を生み出します。
黒楽窯は、より小さく一窯に一盌ずつ焼き上げる完全な一品制作の窯。
内窯と外窯の間に備長炭を注ぎ、鞴(ふいご)で空気を送り急激に温度を上げていきます。立ち上る火柱に、火の粉が舞い上がり、鞴の轟音が響く窯の温度は、瞬く間に1400℃を超え、白光した一盌を炉内から引き出します。
急冷された茶盌が徐々に黒味を帯び、貫入の産声をあげはじめる様は、生命の誕生にも似た神秘的な瞬間です。
赤楽と黒楽、窯に違いはありますが、いずれも焼締まる前に窯中から「引出し」「急冷」させる「やわらかい」やきものです。軟質陶は吸水性が高く、保温性にもすぐれ冷めにくく、また注がれた湯の熱さを吸収し、やさしく手に伝わっていきます。
茶の湯は亭主と客の心の交わりが尊ばれます。
楽焼のやわらかさは、茶の湯の用にかなうばかりでなく、人と人・人と自然との「和を深める」想いを秘めています。
長樂窯 choraku kiln
「長樂窯」は明治三十九年(1906年)、丹波南桑田郡国分庄(現・亀岡市千歳町)小川左右馬法眼源政幸の次男 小川大治郎が、臨済宗建仁寺派第四代管長 竹田黙雷老師に参禅し「長樂」を、裏千家今日庵十三代 円能斎宗匠より長くよき友たらんと「長友軒」の号を賜り、京都五条坂 若宮八幡の傍らに独立、開窯したのがはじまりです。(二代小川長楽作品集 鵬雲斎千玄室大宗匠御寄稿参照)
独立後の激動の時代、後援者との交流や同時代の陶家・画壇との切磋琢磨の中で、徐々に自らの世界を切り開いた初代長楽は、新たな環境を求め岡崎に移窯。良土との出会いにも恵まれ、更に作陶に邁進し、長樂窯の基礎を築きました。
若くして国より技術保存作家(樂焼抹茶碗・他)の指定を受けた二代は、伝統様式を踏まえながらも新しい創意に挑戦し、初代から続く長楽家の家風を確立、当代長楽は、詩歌をテーマに、自身の創作と和歌や俳句が紡ぐ情景を重ね合せ、独自の世界観を築いています。また、次代 裕嗣は、茶陶を軸に、境界を超えたコラボレーションやインスタレーションにも挑戦、明治から令和にかけ、窯の火を絶やすことなく作陶をつづけてまいりました。
茶の湯のやきものとしてうまれた楽焼は、うつわを通じ、人と人、人と自然、人と時と場を繋ぎ、時代に呼応した新しい価値観を生み出す可能性を秘めています。
開窯以来、時代と共に歩んできた「長樂窯」は、先達から受け継いだ「楽焼=今焼」の技と心の層にさらなる一層を積み重ね、楽焼の可能性を深め広げ、歩みを続けてまいります。