楽焼 小川長樂(小川長楽)

楽焼 小川長樂(小川長楽)

rakuyaki

それは400有余年前、千利休の思想のもと
茶を喫するためにうまれた日本独自のやきもの。
ロクロを用いず、掌の中でゆっくりと
自然に立ち上げる「手捏ね」(てづくね)と、
鉄ベラでひと削りひと削り吟味し削り出す彫刻的な
「ヘラ削り」でかたちづくり、
屋内に備えた小規模
な「内窯」から固く焼締まる前に「引き出し」、
急激に冷却することで生まれる
「軟質陶」の楽焼は、
大量生産と対極的な
一品制作をもとめ、
一生に一度限りの
出会いを尊ぶ「一期一会」の世界をもっています。

our story

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/01 手捏ね hand-forming

楽茶盌は、ロクロ成形、また縄文土器などに見られる、底部からひも状の土を積み上げていく紐づくりは用いず、「手捏ね」でかたちづくられます。

手捏ねとは、円盤状に平たくたたき延ばした土を、周縁から両手で少しずつ立ちあげ、手の中で抱え込むように盌の形へと導く楽焼独特の技法です。

遠心力によって内から外へと広がるロクロ成形と異なり、外から内へと包み込む 内なる広がりを秘めた形、手と土の対話から自然に生まれる形を持っています。

/02 ヘラ削り carving

手捏ねによってうまれた茶盌の原形は、数日間室(むろ)の中で乾かし、自らつくった鋼のヘラで削り出されます。

分厚い素地を鉄ベラで、一削り一削り時間をかけ、茶盌の「姿」である外の形、懐 「見込み」である内の形、底部の「高台」を削り出し、最後に直接口に触れる口縁の「口づくり」を経て、内と外の世界が交わり、茶盌の形が生み出されます。

このように、モデリング≒手捏ねによる掌にすっとおさまる「自然」な形と、カービング≒彫刻的で「作為」の強いヘラ削りでかたちづくられる楽焼は、その技術に、日本古来の自然観、また茶の湯の思想を宿しています。

/03 赤と黒 red & black

日本のやきものは、大陸文化との交わりの中、独自の世界を醸し出してきました。
楽焼もまた、明の低下度焼成による軟質施釉陶「三彩陶」にルーツを持つと考えられています。

―緑色・黄色・褐色などに彩られたカラフルな三彩から、赤と黒の世界へ―

赤楽の赤色は、酸化した鉄分によって得られる「赤土」からの発色。
古くは聚楽第から掘り出された聚楽土と呼ばれる赤土、近代には白い胎土に京都伏見の黄土を纏わす事によって生ずる「大地の色」です。

黒楽の黒色は、京都市内を南北に流れる鴨川上流から産出される「加茂川石」から得られる発色。
この黒紫色を呈した鉱物を粉砕し、布糊を煮出した液に溶き、刷毛で何層にも塗り重ねた器体を焼成し急冷することで生ずる「自然石の色」です。

このように土や石、炎との交わりの中で育まれた赤と黒の世界は、自然からの素材やエネルギーの恵み無くして成り立ちません。
長樂家では、代々採取した加茂川石の原石を蓄え、また採掘した原土を熟成のため数十年寝かし次世代に遺すことを習わしとしています。

/04kiln

楽焼の窯は、赤楽・黒楽共に窯の中央に鞘の役目をはたす内窯を備える二重構造の特徴を持っています。

当家の赤楽窯は、松割木を燃料とした小規模な窯。
地下に据えられた焚口から、薪をくべるこの窯は、約900℃の低い温度で焼かれます。
土は、炎によって個性が引き出され、赤、褐色、黒や灰色など一盌の中に様々な景色を生み出します。

黒楽窯は、より小さく一窯に一盌ずつ焼き上げる完全な一品制作の窯。
内窯と外窯の間に備長炭を注ぎ、鞴(ふいご)で空気を送り急激に温度を上げていきます。立ち上る火柱に、火の粉が舞い上がり、鞴の轟音が響く窯の温度は、瞬く間に1400℃を超え、白光した一盌を炉内から引き出します。
急冷された茶盌が徐々に黒味を帯び、貫入の産声をあげはじめる様は、生命の誕生にも似た神秘的な瞬間です。

赤楽と黒楽、窯に違いはありますが、いずれも焼締まる前に窯中から「引出し」「急冷」させる「やわらかい」やきものです。軟質陶は吸水性が高く、保温性にもすぐれ冷めにくく、また注がれた湯の熱さを吸収し、やさしく手に伝わっていきます。
茶の湯は亭主と客の心の交わりが尊ばれます。
楽焼のやわらかさは、茶の湯の用にかなうばかりでなく、人と人・人と自然との「和を深める」想いを秘めています。

長樂窯 choraku kiln

「長樂窯」は明治三十九年(1906年)、丹波南桑田郡国分庄(現・亀岡市千歳町)小川左右馬法眼源政幸の次男 小川大治郎が、臨済宗建仁寺派第四代管長 竹田黙雷老師に参禅し「長樂」を、裏千家今日庵十三代 円能斎宗匠より長くよき友たらんと「長友軒」の号を賜り、京都五条坂 若宮八幡の傍らに独立、開窯したのがはじまりです。(二代小川長楽作品集 鵬雲斎千玄室大宗匠御寄稿参照)

独立後の激動の時代、後援者との交流や同時代の陶家・画壇との切磋琢磨の中で、徐々に自らの世界を切り開いた初代長楽は、新たな環境を求め岡崎に移窯。良土との出会いにも恵まれ、更に作陶に邁進し、長樂窯の基礎を築きました。
若くして国より技術保存作家(樂焼抹茶碗・他)の指定を受けた二代は、伝統様式を踏まえながらも新しい創意に挑戦し、初代から続く長楽家の家風を確立、当代長楽は、詩歌をテーマに、自身の創作と和歌や俳句が紡ぐ情景を重ね合せ、独自の世界観を築いています。また、次代 裕嗣は、茶陶を軸に、境界を超えたコラボレーションやインスタレーションにも挑戦、明治から令和にかけ、窯の火を絶やすことなく作陶をつづけてまいりました。

茶の湯のやきものとしてうまれた楽焼は、うつわを通じ、人と人、人と自然、人と時と場を繋ぎ、時代に呼応した新しい価値観を生み出す可能性を秘めています。
開窯以来、時代と共に歩んできた「長樂窯」は、先達から受け継いだ「楽焼=今焼」の技と心の層にさらなる一層を積み重ね、楽焼の可能性を深め広げ、歩みを続けてまいります。

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works & profile

初代 choraku ogawa 01 / 1874 - 1939

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初代 小川長樂

choraku ogawa 01 初代小川長樂

茶道をはじめ伝統文化が衰退していた時代、後援者との交流、同時代の陶家や画壇との切磋琢磨の中、培った技術に独自の手法を加え、自らの世界を切り開いた初代長樂。

縦横無尽に走るヘラの強弱は書の緩急のような間合いを持ち、流麗ながら抑制の効いた瀟洒な作風を作り上げた。

また、白雪のような幕状の釉薬と、火変わりの赤と黒のコントラストが美しい赤楽幕釉など技法の研鑽を重ね、茶の湯の道具はもとより、懐石道具などの食器・煎茶道具・仏具・置物など幅広い作品に取り組み、長樂窯の礎を築く。

history
1874小川大治郎(初代長樂)、小川左右馬法眼源政幸の次男として丹波南桑田郡国分庄(現・亀岡市千歳町)に生まれる
1886大治郎、慶入(丹波・国分庄の造酒家小川直八の三男)の弟子となる
1906建仁寺派第四代管長竹田黙雷老師より「長樂」を、裏千家今日庵十三代円能斎鉄中宗匠より「長友軒」の号を賜り、弘入の元を辞し、「長樂窯」を京都五条坂若宮八幡畔に開窯する
1911優良な陶土を求めて京都岡崎に移窯する
長年の研鑽により赤楽幕釉を完成する
1926裏千家十二代又玅斎宗匠次男 廣瀬拙斎宗匠をはじめ数寄者・茶道具商 三十八名の発起人により、創業二十周年を祝い「長樂會」を結成し、黒赤一双茶盌(裏千家十四代淡々斎宗匠御書付)を百組制作する
1939八月三十日、初代長友軒長樂、享年六十五歳にて永眠する
法名「大量院本覚自性居士」
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二代 choraku ogawa 02 / 1912 - 1991

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二代 小川長樂

choraku ogawa 02 二代小川長樂

若くして公募展の入選入賞を重ねていた二代長樂。早逝した初代から家督を継承した後は家業に専念するも、大戦による招集従軍、苦難に満ちた半生であった。

終戦後には伝統様式を踏まえながらも新しい表現に次々と挑戦、白色・枇杷色・灰色など複雑な景色の彩焰白樂、焼成温度を上げ重厚な自然釉を纏った焼貫、また焼貫と色釉の融合を試みた釉彩焼貫などを生み出し、豪快でありながら静謐な緊張感を持つ作風を確立、伝統に新しい息吹を吹き込んだ。

history
1912小川幸一、初代長樂の長男として京都に生まれる
1935「日本工芸フランス・パリ博工芸展」に入賞する
1939十一月、二代長樂を襲名する
1940今日庵十四代淡々斎宗匠の推挙にて、建仁寺派第五代管長古渡庵頴川老師より「景雲」の号を賜る
1943技術保存作家(樂焼抹茶碗・他)の指定を受ける
第二次世界大戦に招集従軍
1955第一回全日本産業工芸展に出品する
彩焰白樂・焼貫七彩釉の焼成に成功する
1960京都伝統陶芸家協会が発足、正会員となる
1962知命を記念し、建仁寺本坊にて「百盌展」を開催する
1964日本陶磁器協会「百盌展」に出品する
1982建仁寺本坊にて「古稀記念展」を開催し、『小川長樂作品集』を出版する
伊勢神宮に黒幕釉茶盌・赤幕釉茶盌を献納する
1989二代長樂の喜寿を記念し、全国十か所にて「長樂・裕起夫父子展」を開催する
1991十月十日、二代景雲長樂、享年七十九歳にて永眠する
法名「景雲院宗頴了堂居士」
1992三代長樂 十月九日・十日に二代長樂の遺作を焼成し、建仁寺本坊にて遺作展を開催する
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三代 choraku ogawa 03 / 1947 -

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三代 小川長樂

choraku ogawa 03 三代小川長樂

醍醐寺三寶院で発表した「醍醐花見短籍見立て」を皮切りに、「百人一首」、「高台寺・三十六歌仙 」「野ざらし紀行」と、詩歌をテーマに、自ら名づけた「銘」が持つ世界の表現をライフワークとして制作を続けてきた三代長樂。『おくのほそ道』以降には、歌の詠まれた時節にその地を旅し作陶にむかうなど、楽焼が持つ尺の大小を超えた世界と、和歌や俳句が紡ぐ限りない情景を重ね合せ、炫燿・赫燿・皓彩釉などを創作、独自の世界観を築いている。

全国の百貨店・ギャラリーにて個展多数。
アリアナ美術館に「幕釉赤楽茶盌」を永久保存

京都伝統陶芸家協会会員
楽窯会会長
一般社団法人京都国際工芸センター副理事長

history
1947小川幸雄(三代長樂)、二代長樂の長男として京都に生まれる
1966小川幸雄、京都府立鴨沂高等学校卒業後、二代長樂の下で作陶に入る
1969裕起夫銘にて創作活動を始める
1984小川幸雄、第一回伝統的工芸品月間国民会議において通商産業大臣奨励賞を受賞する
1992十月九日・十日に二代長樂の遺作を焼成し、建仁寺本坊にて遺作展を開催する
二代長樂の一周忌にあたる十月十日に醍醐寺座主、麻生文雄猊下より「松風軒」の号を賜り、小川幸雄、三代長樂を襲名する
1993伊勢神宮に裕起夫銘最後の作品を献納する
皇太子殿下徳仁親王(今上陛下)、小和田雅子様(皇后陛下)の御成婚を奉祝して、総本山醍醐寺より依頼を受け、三代長樂の初作「赤・白一双茶盌」を献上する
ジュネーブ市立アリアナ美術館(国際陶芸アカデミー本部)にて、リニューアル・オープン記念講演をする
1995仁和寺門跡吉田裕信猊下より、「樂焼おちゃわん屋 長樂窯」の暖簾の染筆を賜る
1998秀吉醍醐の花見四百年記念三千家献茶式の献茶道具の意匠ならびに黒赤天目茶盌を制作する
重要文化財・三寶院にて、「醍醐の宴 小川長樂展」を開催して戴き、「重文・醍醐花見短籍」「利休・織部・遠州・光悦・宗和消息」「茶能十二月」の見立茶盌を制作し、『小川長樂作品集』を出版する
2002建仁寺開創八百年記念慶讃献茶式の黒赤天目茶盌を制作する
三代襲名十年を祝って、建仁寺派第九代管長小堀泰巌老師より「玄匋菴」の号を賜る
2003「小倉百人一首十二月見立茶盌」を制作する
2006『開窯百周年記念 小川長樂作品集』を出版し記念展を開催する
「高台寺三十六歌仙の歌(八條宮智仁親王書)」見立作品を制作する
2010伊賀の地に新工房及び茶室を建築する
「松尾芭蕉・野ざらし紀行」の俳句より見立て作品を制作する
2013京焼 技と美の継承展(佐川美術館)に出品する
2015赤楽・黒楽の大窯(大型作品焼成)を築窯
2016「松尾芭蕉・おくのほそ道」見立作品を制作し『三代 小川長樂 作品集』を出版する
20202017年より「歌枕」をテーマに全国を行脚、見立て作品を制作する
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裕嗣 hirotsugu ogawa / 1978 -

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三代 小川長樂

hirotsugu ogawa 小川裕嗣

茶盌を軸に、うつわ、また能・華・アート・デザインなどボーダーを超えたコラボレーションやインスタレーションを展開し、国内及びアメリカ、フランス、ドイツ、南アフリカなど海外でも作品を発表。過去と現在・日常と非日常の狭間にある茶の湯を多視点で捉え、境界を行き来する現代に生きる楽焼「今焼」を探究している。

京都伝統陶芸家協会後継会 二凌会会長

history
1978三代長樂の長男として京都に生まれる
2003名古屋造形芸術大学(彫刻)・京都市産業技術研究所工業技術センターを卒業後、作陶に入る
2011東日本大震災チャリティー講演・ワークショップ(ヨハネスブルグ)
2013京焼展(ケルン・パリ)京焼 技と美の継承展(佐川美術館) 大丸京都店美術画廊にて初個展
2014日本橋三越本店美術サロンにて個展
2015赤楽・黒楽の大窯(大型作品焼成)を築窯 能・華、京舞・華とコラボレーション(太秦) 京焼今展 琳派をテーマにインスタレーション(建仁寺塔頭 両足院)
2016川上シュン氏(artless Inc.代表)・田中孝幸氏(フラワーアーティスト)とコラボレーション(太秦) 京焼今展 伊藤若冲をテーマにインスタレーション(建仁寺塔頭 両足院)
2017華道未生流笹岡家元 笹岡隆甫氏とコラボレーション(青蓮院門跡 小御所)
2018展覧会 講演 茶会(ポートランド ジャパンガーデン) 華・能とコラボレーション(平安神宮)
2019ICOM 笹岡隆甫氏・現代美術作家 白石由子氏といけばなパフォーマンス(二条城) 日本橋三越本店特選美術画廊にて個展 田中孝幸氏とコラボレーション 大丸京都店美術画廊にて個展 能 金剛流若宗家 金剛龍謹氏・華 笹岡隆甫氏とコラボレーション(金剛能楽堂)
2020華・能と奉納コラボレーション(上賀茂神社 橋殿)
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